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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8491号 判決 1964年3月30日

原告 有限会社 横山喜惣治商店

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金一、〇八六、三二〇円およびこれに対する昭和三七年一一月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、原告は、訴外東海航空測量株式会社(以下東海航空測量という)に対し、手形金債権一、三二七、〇〇〇円を有する。即ち、東海航空測量は別紙目録<省略>記載の約束手形五通(金額合計一、三二七、〇〇〇円)を振出し、原告はこれを昭和三四年五月頃から所持するものである。(同目録(一)、(二)の手形については各受取人の被裏書人白地の裏書記載がある)。

二、東海航空測量は、昭和三四年五月頃北海道開発庁の管理に属する北海道開発局函館開発建設部(以下函館開発建設部という)から、同建設部が北海道瀬棚郡北檜山町に於て施行した総合灌漑排水工事のうち北檜山地区空中写真図他外一簾工事を請負代金一、〇三〇、〇〇〇円で請負い、更に設計変更にともなつて請負代金は増額されて一、〇八六、三二〇円となつた。

三、原告は第一項の手形金債権の支払を確保するため、昭和三四年八月頃東海航空測量の代表者と協議し、前項の東海航空測量の有する請負代金債権を原告会社の職員野原茂雄を東海航空測量の代理人として函館開発建設部から代理受領せしめ、その受領金をもつて右手形金債権の弁済に充当することを約し、この趣旨のもとに東海航空測量は右野原に対し右請負代金を自己に代理して受領する権限授与を証する委任状を交付した。

四、原告は野原茂雄をして、函館開発建設部長(支出負担行為担当官)である小田島政治に右委任状を示して前項の趣旨を説明して請負代金の代理受領について承認を求めたところ、同人は之を承認して、右野原提出の委任状に代理受領承認の奥書をした上、その副本を同人に返戻した。

五、前記請負工事は昭和三四年九月二〇日完成し、同月二八日その引渡がされた、よつて東海航空測量の前記請負代金債権は具体的に発生した。そこで野原は同月一六日函館開発建設部長小田島政治に対し右請負代金を請求書、領収書に右奥書のある委任状を添えて請求した。ところが右小田島は前もつて東海航空測量から野原に支払をしないよう頼まれていたため、「すでに東海航空測量より野原に対する請負代金代理受領の委任関係を解除する旨の連絡が函館開発建設部にあり、その解除通知は有效である」と主張して野原の請求を一方的に拒絶して前記野原が提出した関係書類も返還しないのみならず、その後に至つてその請負代金を東海航空測量から代理受領の委任をうけた第一航業株式会社(以下第一航業という)に支払つた。

六、東海航空測量が野原に対し、請負代金受領権限を与えた目的は、前述の如く、原告の東海航空測量に対する債権弁済を確保する手段であるから東海航空測量において、原告の承諾なく一方的に委任を解除することはできないところであり、北海道開発局においては請負代金の支払については請負人から代理受領の権限が与えられた第三者が居る場合はその者に支払うように各部局に指示していたのであるから、当然本件請負代金は野原に支払われるべきものであつたのである。しかるに小田島は野原に対する東海航空の委任がかかる目的でなされたこと、従つて、委任解除は右の如き事情のもとでは有効ではなく、函館建設部としてはたとえ右解除の通告を受けたとしても、これに拘束されず、加えて、前記の如く、同建設部が代理受領の承認を与えた以上、後日一方的に支払拒絶をなしえないものであること、および、東海航空測量は当時営業不振で本件請負代金債権を除いては無資力で、野原が右代金を受領できなくなれば原告の本件手形債権は満足をうけることができなくなること、等の事実を十分認識し、若くは、注意すれば認識し得たはずに拘らず同人は東海航空測量の野原に対する委任解除の通知を受けるや、これを理由に野原茂雄に対する支払を拒絶したうえ第一航業に右請負工事代金を支払つたものである。かかる小田島の行為は故意若くは過失による不法行為と云うべきである。

七、原告は右小田島の不法行為により、東海航空測量に対する第一項記載の手形金債権の実質的な担保を喪失し、結局、東海航空測量は右以外には、資産がないため、前記手形金債権の回収は全く不能に陥つた。原告としては、右小田島のかような不法行為がなければ少くとも前記請負代金一、〇八六、三二〇円の限度で、前記手形金債権の回収をなすことが出来たはずであるから原告は右不法行為により金一、〇八六、三二〇円相当の損害を蒙むつたわけである。

八、当時、小田島は国の機関である北海道開発局函館開発建設部長の地位にあり、同人の野原に対する請負代金支払拒絶行為は、その職務の執行につきなされたものである。従つて、被告は、国家賠償法若くは民法第七一五条により、原告の蒙むつた前記損害を賠償する責任がある。

九、よつて、原告は被告に対し、本訴を以て、不法行為による損害金一、〇八六、三二〇円およびこれに対する不法行為後である、昭和三七年一一月二九日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。と述べた。

証拠<省略>。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因第一項は不知。同第二項は認める。但し請負代金は最初一、〇三〇、〇〇〇円であつたが、設計変更により請負代金が六六三八四円増額されたので、合計一、〇九六、三八四円となつた。同第三項は否認する。同第四項の事実中、小田島政治の地位、職業が原告主張のとおりであること。野原茂雄と称する者が函館建設部に対し東海航空測量名義の右同人宛、請負代金受領の委任状を添えて代理受領の承認を求めて来たことはいずれも認める。他は否認する。同第五項中、東海航空測量が昭和三四年九月二〇日請負工事を完成し、同月二八日工事の引渡しが行われ、これによつて函館開発建設部が東海航空測量に対し請負代金合計一、〇九六、三八四円から東海航空測量の工期延長による違約金(一一日間、一日につき千分の一)一二、〇六〇円を差引いた金額、一、〇八四、三二四円の支払義務を負つたこと、同年一〇月中旬頃野原が函館開発建設部に対して、右工事代金の支払を請求して来たが、同建設部はこれに応ぜず又同人提出の請求書類を返還しなかつたことはいずれも認める。他は否認する。ところで、函館開発建設部では同年一〇月頃東海航空測量の松本常務から第一航業に対して、前記請負代金の代理受領を委任してあるとの申出があつたので、その申出の直前すでに野原からも、同旨の委任状が提示されている事実を指摘したうえ、この様な状態では東海航空測量の経営振りが、同庁の工事請負人たるに相応しからずと認められるからこれを遺憾とし、且かかる代金受領関係を不明確ならしめた行為につき強く抗議したところ、同人は野原に対する委任は、会社首脳部の関知しないものであるとして、その無視を求めたが函館開発建設部では、同人の一方的主張を拒絶した。これに対して同常務松本は野原および第一航業に対し前記委任状の撤回の交渉をすすめるからとて、暫時の猶予を求めたうえ、昭和三四年一一月三〇日頃函館開発建設部に対し、同月二八日付内容証明郵便を以て、野原茂雄および第一航業に対する委任を解除した旨の届出書および所定の代金請求書を提出したので、同建設部では同年一二月一日、東海航空測量に対し、前記請負代金を送金して弁済したものであつて、右措置は適法である。同第六項は否認する。同第七項は否認する。同第八項の事実中、小田島政治の地位並びに支払拒絶行為がその職務の執行についてなされたことは認めるも他は否認する。仮りに小田島の右行為が不法行為であるとしても、それは、公権力の行使につきなされたものではないから国家賠償法第一条の適用はない。と述べた。証拠<省略>。

理由

一、昭和三四年五月頃、東海航空測量が北海道開発庁の管理に属する北海道開発局函館開発建設部から、同建設部が北海道瀬棚郡北檜山町に於いて施行した総合潅漑排水事業のうち北檜山地区空中写真図他一簾工事を請負い、その後設計変更にともなつてその請負代金が増額され、同工事は完成して、昭和三四年九月二八日引渡がなされたこと、函館開発建設部に対して、野原茂雄と称する者が東海航空測量名義の同人宛代金受領の委任状を添えて代理受領の承認を求めて来たこと、同年一〇月中旬頃、野原茂雄が函館開発建設部に対して右請負工事代金の支払方を請求して来たが、同建設部は右請求を拒絶したうえ、右同人提出の請求書類を返還しなかつたこと、当時小田島政治が原告主張のとおりの地位職業にあり、右支払拒絶が同人の職務の執行としてなされたものであること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、東海航空測量が函館開発建設部に対して有していた請負代金債権については、原告は一、〇八六、三二〇円と主張し、被告はこれを一、〇八四、三二四円の限度で債権の存在を認めるところ、成立に争いのない甲第五号証、証人吉田俊雄、同松田健次、同山下登の各証言によれば東海航空測量の工事完成期限が遅延したため約定請負代金額から右遅延による損害金を差引かれて結局東海航空測量が函館開発建設部に対して請求しうべき代金額は一、〇八四、三二四円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

二、先ず、原告が東海航空測量に対してその主張のような約束手形金債権を有していたか否かについて判断するに、証人吉田俊雄、同林宏の各証言によつて成立の認められる甲第三号証の一乃至五及び証人林宏、同野原茂雄の各証言によれば原告が請求原因第一項のとおりの東海航空測量振出にかかる約束手形五通を昭和三四年五月下旬ないしは六月上旬頃から所持していることが認められ、証人吉田俊雄は、東海航空測量は経営状態が悪化し昭和三四年七月中旬頃手形不渡を出すようになつたので、その席上原告会社に対する債務は第三者が引受けたと述べ、あたかも原告に対する債務はこれによつて消滅したかの如き供述をしているけれども証人林宏の証言に照らして措信できず、その他これに反する証拠はない。したがつて、原告は右各約束手形の所持人となつた当時から東海航空測量に対して約束手形金債権一、三二七、〇〇〇円を有しているものというべきである。

三、次ぎに、東海航空が野原茂雄に対し原告主張のような代理受領の権限を与えて、これを委任したか否かについて考える。

証人野原茂雄、同田口精一、同林宏の各証言によれば、原告が、東海航空測量に対して前記約束手形金債権を有するに至つた頃、東海航空測量が当時函館開発建設部に対して有していた前記請負工事代金債権の弁済を原告において受領し、これを右手形金債権の弁済に充当する旨の合意が原告と東海航空測量間に成立し、東海航空測量はこの趣旨のもとに、その頃原告に対して右請負代金の受領の代理権を与えてその受領を委任し、受任者欄を空白にした委任状を交付したこと、原告はこの後間もなく右の趣旨により右委任状に原告会社取締役野原茂雄を受任者として記入したうえ、田口精一を使者として函館開発建設部に赴かしめて同建設部に右委任状を提出せしめたことが認められ、これに反する証拠はない。

もつとも、本件約束手形の一部についてはその振出日の記載が右委任状を交付した以後の日付になつているけれども、証人林宏の証言によれば、それら各手形はいずれも振出日白地で振出したものであることが認められるのでこれをもつて右認定の妨げとなすことはできない。

また証人林宏の証言によれば、東海航空測量の経理を担当していた林宏は昭和三四年八月頃原告に対して代理受領委任を解除する旨伝えたことが認められ、更に成立に争いのない甲第二号証の一、二によれば東海航空測量は野原茂雄に対し昭和三四年一一月二九日付の内容証明郵便をもつて右委任を解除する旨の意思表示をなしたことが認められるけれども、右委任の目的は右認定の如く原告の東海航空測量に対する債権の弁済確保にあつたのであつて、原告の利益を目的としたものであるから、東海航空測量においては正当な事由がない以上右委任契約を解除しえない筋合であるところ、かゝる事由の存したことを認めるに足りる証拠はない。更にまた右の如く受任者名義は野原茂雄になつているけれどもその趣旨は同人が原告のために受領をするものであることは明らかであり、東海航空測量も受任者欄空白の委任状を交付していることからして当然このような方法により原告が代金を受領することを了解していたものと考えられるから委任契約の解除が原告の利益を害するような場合は、野原に対しても解除しえないものというべきである。

しからば、東海航空測量のなした右委任契約解除は効力がなく、原告は野原茂雄を東海航空測量の代理人として受領せしめこれを自己の債権に充当する権利を有し、野原茂雄は、東海航空測量を代理して右請負工事代金受領する権限があつたものというべきである。

四、そこで函館建設部が工事代金を野原茂雄に払わず他へ支払つた経緯について考えるに、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証の一、二、第五号証及び証人野原茂雄、同田口精一、同吉田俊雄、同松田建次、同山下登の各証言によれば、前記認定の如く原告は東海航空測量から代理受領の委任状の交付を受けて間もなく、受任者を野原茂雄とし、その旨右委任状に記入のうえこれを田口精一に持参させて、函館開発建設部に赴かせ、同人は、同委任状を同建設部に提出し、同建設部長小田島とも面談のうえ委任状交付に至つた前記認定の趣旨を明らかにして代理受領の承認を求めたところ、函館開発建設部は同部長の決裁を得て同人の申出を了承し、提出された委任状を預り、また代理受領承認の趣旨を記載した文書を田口精一に交付したこと、東海航空測量は昭和三四年八月頃に至つて事実上倒産し、第一航業に債権債務の整理をしてもらうことにし、東海航空測量の社長であつた吉田俊雄以下従業員の一部は右第一航業の支配下に入り、ただ函館開発建設部から請負つていた工事は当時未完成であつたので、これは東海航空測量において継続完成し、その工事代金を右第一航業において受領して右整理資金に充てる旨の合意が東海航空測量と右第一航業間に成立し、かゝる趣旨のもとに東海航空測量は同年八月下旬第一航業に対して右工事代金につき代理受領の委任をなしその旨の委任状を交付し、これを東海航空測量の取締役であつた松本徳市をして、工事が完成しその引渡後たる同年一〇月中旬函館開発建設部に提出せしめたところ、函館開発建設部においては、前述の如く既に野原茂雄に対する代理受領の委任状が提出されており、更に同人は同年九月頃代金を請求して来ていたため、第一航業の代理受領を承認しなかつたこと、右松本から右結果の報告を受けた東海航空測量社長吉田俊雄は原告や野原茂雄に対して第一航業において受領することの了解を求めたが容れられず、右吉田は再度右松本を伴つて函館開発建設部に赴いて事務長松田健次、経理課長山下登に会つて第一航業への支払を懇請したが、函館開発建設部は野原茂雄から先に代理受領の委任状が提出されており、かくては受領権限が誰にあるのか判然としない、関係者の間でよく協議して解除するなりして受領権限を有する者を明確にしない以上支払は出来ないとして右代理受領の関係を明確にすることを要請し、それまでは支払えないと伝える一方、野原茂雄に対する支払も留保していたこと、そこで右吉田俊雄らは帰京後第一航業や弁護士とも相談したうえ、野原茂雄に対して前記認定の解除通知をなすと同時に第一航業への委任も解除し、この旨を昭和三四年一一月末頃函館開発建設部へ通知すると共に自己の名で同月三〇日工事代金の請求をなし、函館開発建設部においては、右松本建次や山下登において右解除を確認したうえ同建設部部長の決裁を経て、同年一二月一日日本銀行函館支店を通じて東海航空測量に支払つたこと、が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

しかして、以上認定の事実によれば東海航空測量は昭和三四年八月頃には既に負債が多く倒産状態にあり、本件工事代金は唯一の財産ともいうべきものであつたことは明らかであるから函館開発建設部が工事代金を野原茂雄に支払わず、東海航空測量に支払つたことによつて原告は本件手形金債権の満足が得られず右工事代金相当額の損害を蒙つたものというべきである。

しかしながら、右認定によれば、東海航空測量の野原茂雄に対する代理受領委任解除については函館開発建設部としてはこれを要求したものではなく、唯重複した代理受領委任がなされ、受領者をめぐつて利害が対立していたためこれを調整して一方を解除するなりして支払うべき相手を明確にするよう要請したにすぎず、かかる右函館開発建設部のとつた措置は一般債務者の立場にあれば当然なしたであろうと思われるところのものであり、また野原の代理受領を前もつて承認しており、又前述の如く、東海航空測量のなした右解除は無効のものではあるけれども、右代理受領を承認したことをもつて、函館開発建設部が野原茂雄に対し直接工事代金債務を負担する訳のものではないし、更に解除が無効であつたとすれば、東海航空測量が工事代金を受領することは原告に対する関係で債務不履行ともなるけれども、東海航空測量は第一航業に代理受領を委任した昭和三四年八月頃すでに本件工事代金を原告に受領せしめる意思がなく、これが原告ないしは野原茂雄によつて受領されることを阻止せんと努力していたことは前記認定によつて明らかであつて、結局、東海航空測量から野原茂雄に対してなされた代理受領委任解除通知ないしは東海航空測量の工事代金受領はいずれも原告において受領されることを阻止するため東海航空測量独自の判断でなされたものというべく、函館開発建設部がなした以上の如き行為をもつてしては同建設部が東海航空測量の右債務不履行を共謀したと云えないことは勿論、これを教唆ないしは促したものと云うことすらできず、かかる程度の行為をもつては未だ違法な行為ということは出来ない。

五、そうすると、原告が、工事代金を函館建設部が東海航空測量に支払つたことにより前述の如き損害を蒙つたとしても当時函館建設部の部長の職にあつた小田島政治及びその他の職員には何ら違法行為はない。したがつて、被告には国家賠償法に基づく賠償責任は勿論民法第七一五条による使用者責任もないことはあきらかであるから、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 中川哲男 岸本昌已)

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